「ドラケンに会いたい。」

初めてそう思ったのはいつだったでしょうか。

そもそもドラケンという飛行機を知ったのは高専のときに教室で回し読みしていた「エリア88」でした。

ドラケンが飛んでいる航空ショーの写真をネットで見て「いいなぁ。行きたいなぁ」と思ったのは、たしか社会人になった2003年ごろのことでした。

でも結局行く機会がないまま、ドラケンはすべての国から退役してしまいました。

その後も細々と保存機が飛んでいたようですが、見た目の印象がかなり違う複座の練習機型だったりして、なかなか食指が動きませんでした。

潮目が変わったのは2018年の秋のこと。ときどきチェックしていたスウェーデン空軍ヒストリックフライトのサイトに単座の戦闘機型ドラケンがレストアされた写真が出ていました。それと前後して、数年に一度オーストリアで開催されるAIRPOWERが2019年9月に開催されるという情報。実はこのAIRPOWERこそが「いいなぁ。行きたいなぁ」と思っていた航空ショーであり、開催場所であるツェルトベク基地はドラケンが世界で最後まで運用されていた聖地なのです。現役中は当然ショーの主役を張っていましたし、前回の2016年にもヒストリックフライトが所有する複座練習機型のドラケンが参加しているなど、ドラケンには縁の深い航空ショーです。

「このショーに、来るんじゃないか?」

そう期待して、1月ごろにはとりあえずホテルを確保。
5月にはたまたま夜中にAIPPOWERの公式サイトを開いたら、専用撮影エリアなどが用意されるスポッター向けパッケージの申し込みが始まったところで、速攻でとりあえず登録。数分後にはSOLD OUTの表示。

やがてポツポツと公式サイトに参加機の情報が出るもののドラケンの名前は無し。個人サイトの噂レベルでドラケンが参加予定らしいという情報があるのみ。また、財政上の理由により開催取りやめの可能性も一時期取り沙汰されたりしていました。

「行くのか?行かないのか?」

公式情報がなくて決心がつかず、航空券のルートを検討しながらただひたすら迷う日々が続き、とうとうお盆を過ぎてしまいました。

「どうする?あまりにもリスクが高いよ?」
「でも行くなら今年しかないかもしれない」
「ドラケンに会うなら、ツェルトベクで会いたい」

2週間を切って、宿のキャンセル期限が迫るなか、覚悟を決めて航空券を買いました。

その数日後、公式サイトに参加機のリストが掲載。
「102機中1〜100番目を表示」のページに見当たらず、「うわぁ。やっちまったか・・・」と諦めモードで次のページを開いたら「101番目〜102番目」の2機だけ掲載された中に「SAAB J-35 Draken」の文字。キターーーーーー!!





   
というわけで旅行期間より遥かに長い「すったもんだ期間」を経てセントレアをルフトハンザで飛び立ち、フランクフルトから夜行列車を2本乗り継いで、最後は小田急ロマンスカーか近鉄「ひのとり」かという妙にカッコいい普通電車に乗り換えて、2019年9月5日、早朝6時25分。オーストリア中部の小さな町、ツェルトベクに到着しました。

首都ウイーンからだと特急と普通を乗り継いで3時間ほど、国を東西に結ぶメインの幹線とは別ルート上にある山あいの町ということで、日本で例えるなら中央本線沿いの信州松本といったところでしょうか。1時間に1本の小さな駅で、以前はどうやって来ればいいのか見当も付きませんでしたが、今はオーストリア国鉄のアプリで時刻検索も切符の購入も全部できちゃいます。

いやぁ、来たなー。来ちゃったなー。


   
駅からの道もグーグルマップで調べてあるので不安なし。というかまっすぐ徒歩5分ですけどね。
本番前日の木曜日の朝7時前ということで、基地の門には数名の同業者がいるだけでした。
エアショー本番は金曜日と土曜日の2日間ですが、水曜日から月曜日までの5日間基地内で撮影できるスポッターパッケージ(230ユーロ)を購入してあるので今日も基地内に入場することができるというわけです。


   
受付を済ませ、撮影エリアに向かう「シャトルバス」に乗り込みます・・・って歩兵用トラックやんけ!
顔の高さくらいにある荷台まで2段のステップをよじ登らなくてはいけません。カメラを壊したり自分が落っこちたりしたら大変ですから、同業者もみんなカメラを先に荷台に載せて、身一つで登るようにしていました。こういうときの待ち方やさりげない手助け方って欧米の方はとてもスマートですよね。座席も見ての通り粗末な木のベンチで、乗り心地はご想像の通りです(痛)。

まずは着陸機が狙えそうなエンド脇のエリアで下車。フェンスをクリアできるようにひな壇まで用意してあります・・・って高所作業車やんけ!

横にいた同業者に「ドラケンに会いに来た」と話すと、「今日の11時に到着するよ。でも単座か複座かまだわからないんだ」と教えてくれました。昨日のうちに到着していた機体も結構あるようなので、良かった良かった。あとは単座が来ることを祈るのみ。

しばらくすると、どうやら民間機扱いなのでフライトレーダーに映るらしく、
「もうドイツ上空まで来ているよ。あと15分くらい・・・単座だ!」

大勝利!来てよかった!と心から思いながら、その姿が現れる東の空を凝視。

そして・・・


   
来た来た来た来た来た来た来たキターーーーーーーーーーーー!!!!!!
どんなに豆粒でも見間違えようのない唯一無二のシルエットが、ついにそこまで。


   
ようやく会えた、本当に会えた、最初の瞬間。
「エリア88」で読んでからほぼ四半世紀が経っていました。

実物だ!本物だ!!生きてる!!!飛んでる!!!!


   
撮影ポイントを変えるため基地内を車で移動中。

(運転手の若い隊員)「日本から?何がお目当てで?」
(私)「ドラケンに会いに来たんだよ」
「?」
「ドラケン」
「・・・知らないな。オマエ知ってる?」
(別の若い隊員)「いや、知らない」

イマドキの隊員さんはドラケンも知らない世代なのか??と思いつつ、ちょうど基地内に展示されている元オーストリア空軍の機体が見えたので

「ほら、あれがドラケンだよ」
(二人同時に)「ああ、ドラーケンか」

こちらでは「ドラケン」と発音しても通じなくて「ドラーケン」でした(”ラー”を凄く強く発音)。3日間の滞在で私の脳内発音もすっかり「ドラーケン」に染まったので、以後ここでもドラーケンと呼びます。


   
この日は参加機の到着のほか、一部の機体は飛行展示の予行がありました。
ドラーケンもトリ前の17時に登場。


   
全長と全幅はF-16とほぼ同じですが、全高はF-16の5.1mに対してドラーケンは3.9mしかありません。3.9mといえば日本の道路のトンネルやガードでよく見る「高さ制限3.8m」と同等。そういえばトンネルに隠せるんでしたっけと納得の数字です。

また、垂直尾翼がやたら低くて前後に長いのは高さを抑えると面積が不足するので前後長で補った結果なんでしょうけど、結果的にはダブルデルタの主翼形状に呼応した造形にしか見えないのも見事です。


   
半逆光もまた良し。
ダブルデルタの内側がインテークからエレボンに至る長〜い翼断面を描いているのがよく分かります。そういう理屈なんだから当然なんですけど、改めて納得。


   
「うわーっ!ホントに飛んだ!いきなり捻ったーっ!」


   
世界で1機だけのフライアブルな戦闘機型ドラーケンですから飛びっぷりはホドホドかと思いきや、特徴的なダブルデルタの平面形やトーチのようにハッキリ長く伸びるアフターバーナーの炎を見せ付けながらバリバリの機動飛行をやってくれました。

「ホントに飛んでる!ドラーケンが飛んでる!!目の前で飛んでるよーっ!!!」

感激しすぎて心臓バクバク。写真はぐちゃぐちゃ(これもだいぶトリミング)。1パスするごとに自分の呼吸が荒くなっていくのがわかりましたけど、本当に幸せな時間でした。


   
ツェルトベクは滑走路の北側に山があって、望遠で切り取ると1本1本の木が識別できるくらいの近さです。その風景の中にドラーケンが切り込んできました。低い!
「エリア88」でドラーケンのことを「森林狼」と呼んでいたシーンがあったはず。それを思い出しました。


   
デモフライトを終えて無事着陸。
たっぷり堪能したような、あっという間だったような・・・(カメラの時計で確認すると10分間でした)。
大きなお尻を滑走路に擦り付けるような機首上げの着陸滑走姿勢で、よく見るとやたら小さな尾輪から先に接地しています。操縦感覚的にはメインギアと尾輪の3点着陸のイメージなのでしょうか。ドラーケンが好きすぎて尾輪すら可愛くてたまらなくなってきます(笑)

ようやく会えたと思ったらいきなり全力機動まで見せられた、大感激の一日となりました。